matagorou’s blog 尾崎豊 自由に生きられるかそして感動を得られるか

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思い出です。

息子がお風呂にはいっている隙に書かせてもらいます。
私の奇跡的瞬間。

1984年 6月23日 土曜日。

高校時代私が愛用していた日記及びライブを記録していた大学ノートにはこの日付に
「OZAKI FIRST LIVE」と題された記述があります。

薄汚れたノートを数十年ぶりに開けました。
まあ下手糞な字や滅茶苦茶な文体で書かれています。

書き出しが学校の愚痴で始まっていますよ(笑) まったく当時の私は...........

では思い出話を書いていきたいと思います。

あれはそう中間考査の結果がよくなかった私はいつもの友達といっしょに先生を図書室に呼び出して
(まったくどっちが立場上だよ!(笑))

学校での通称「バカの集い」にいっていました。

いや~もう嫌気がさして夏に近づいていた6月下旬の土曜日。
今日は初めで楽しみにしていたOZAKIのライブ当日なのに午前中は遊んで午後からライブハウス前で並ぶ予定を見事に学校は崩してくれました。

そんな事を考えてる時に先生が
「おい!どこがわからないんだ!?」

そこで私たちは
「全部!全部ですよ先生!!」
と喧嘩をふっかけるような態度で挑んでいました。

そこから1時間が経過していた午前11時30分頃。

嫌気が差したのか先生が無言で教室から出て行きました。
「プリントでも取りに行ったのかな~」
と疑問に思っていた私ですが。

もうすぐお昼なので
「わかった無言の終了!」
だと思いましたのですぐに教室を抜け出して駅に向かいました。
(後の話になりますが補習は終了だったようです)


電車でライブハウスのある駅まで直行。
思えばいい思い出です。

ライブハウス前に到着したらTシャツを着たイベンター?スタッフ?らしき人が観客の先導をしていましたがまだ並んでいる人の姿はありませんでした。

時間は午後12時35分でした。

「やった~私達が最初だ~」
子供のようにはしゃいで並ぶ私たち。
まったくガキでした.........

そうやって友達と雑談をして時間を潰していた私たち御一行四名。

腕時計の針は午後2時55分もう少しで3時あと3時間以内にはライブハウスには入れるかな。
この時間帯から序徐々に後ろに人が並び始めましたね。
私たちのような学生もいればスーツを着た男の人。
(最後までこの男の人の正体はわかりませんでした。)

そこに若い兄ちゃんに先導されてやってきた身長170cmくらいの細身の兄ちゃん。 合計2人の兄ちゃん。
1人はサングラスをかけてこんなに暑いのにジャケット羽織ってました。
それが尾崎だったんですよ~~~!!!!!!

その時の二人の会話が何せ目の前で起こった出来事でしたので
「ここです!」
と張りのいい声でTシャツの兄ちゃんが言った後に


「あ~ここですか地下みたいで涼しそうじゃないですか」
「いつも高いビルの小さなスタジオだったから~」
と言って中に入って行きました。

「何じゃこりゃ~~!」
と友達4人で大興奮 松田優作だったらもっと大きな声で叫んでる。
「え?え!え!?あれが尾崎!?~~~」
ともう死にそうになりましたね。
熱中症か!?」
というくらいフラフラ、クタクタになりました。

そんなこんやで迎えたライブは最高に盛り上がりました。

http://blogs.yahoo.co.jp/matagorou5/9456578.html

は以前息子が画像として使ったようですがハートランドで購入したものだと思います。

長々と昔話にお付き合いいただきありがとうございました。