尾崎豊がいた夏
1985年8月25日 大阪球場。
彼の2rdTOUR の最終場所。
ここで公演が決定したのは2rdTOUR開始の直後に決定した。
当時のツアーパンフレットにはここでの公演の予定が記載されていない。
彼は今日の観点のようにそこまで大々的に知名度があるわけでもなかった時代だった。
この日のコンサートで25000人を動員した。
たった1日にコンサートで。
真夏の大阪球場の満員にした伝説のコンサートとして知られてる。
コンサートチケットは早くに完売したと公演前の雑誌インタビューで記者が書いていたのを憶えている。
「ダンスホール」でもハープを使用しようとしたのかハープが劇中に出てきています。