matagorou’s blog 尾崎豊 自由に生きられるかそして感動を得られるか

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ライブハウスツアー まとめ

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1984年 6月
15日 札幌ペニーレイン

ライブハウス前には花束をもったファンが待っていたりと尾崎も初めての地を訪れたこともあってか、少し照れたり緊張を隠せなかったようだ。

ライブが終るととっとと彼らを乗せた車は函館へ向かう。
フェリーにて青森を経由、仙台へと尾崎たちは向かう。


ライブが終るとこの日は仙台市内にて宿泊、翌日は車で都内へ帰って来た。
その際の尾崎はとても痩せていたようで尾崎を自宅まで送ってきたのはキヨシであった。

この時の件は記事で書いているため割愛させていただく。

19日~21日まではインターバルがあった。
この時の尾崎は友人宅に泊まったり、疲れも見せずに遊びまくって夜中に帰宅することがあった。
22日は名古屋公演前日に当る、正午頃に東京を出発して車で名古屋に着いたのは22日未明であったという。

23日 名古屋ハートランド
このライブでは200名定員のところ、300名の超満員であった、ほか愛知県内に在住している尾崎の従兄弟他、多数が参観された。

そのことの模様については電話という記事で触れているので、このツアーにはあまり関係がないかもしれないが気になった方は是非。
24日の正午には名古屋を出発して午後4時頃尾崎は大阪に着いた。


25日 大阪バナナホール
この大阪公演は地元のテレビ局毎日放送により取材され短時間ながら尾崎が初めてテレビに出演したものであろう。
尾崎はこの大阪公演でイントレから飛び降りたりと、危険なパフォーマンスを初めて行ったりした。
ライブを終えると機材トラックに乗り込み、車で5時間かけて次の地広島へと移動した。

26日 広島ウッディストリート
この公演に関しては記事を参照されたい。

27日には広島より福岡へすぐに移動を行い、翌日に備えた。

28日 福岡ビブレホール
これで15日から始まった尾崎初の全国ツアーは終った。

ライブのあとに福岡では打ち上げの席が設けられ、翌日の29日に尾崎は福岡を発して30日の早朝尾崎は元気に帰宅したが、すぐに寝てしまった。

尾崎は多忙だ、このあとにもコンサートの予定が組まれそれを行っていくのである。