1987年 1月
年が明けてからも尾崎はホテルを泊まり歩いていた。
新宿や池袋には特にNYと重ねて見えるところが尾崎にもあったようだ。
帰国していることは関係者でもあまり知らないことであった。
依然として活動は休止状態であり再始動の発言や宣言もしていない。
いつレコードを出せるかもわからない
レコーディングだってしていないし
どんなプランが頭の中にあるわけでもなかった。
漠然として自分が不在であった日本に追い付こうとしている尾崎の姿があった。
レコード会社の移籍に関してもマザーにすることは決めたもののソニーと離れて新しい環境下で作品が作れるという確約もないが、前に進むしかない。
ソニーとの更新を取り止めて尾崎はマザーの新設するレコード会社と契約することを決めていた。
87年はそんな思いから始まっていたのかもしれない。