matagorou’s blog 尾崎豊 自由に生きられるかそして感動を得られるか

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KISS

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1990年 3月

「KISS」という曲がある、1989年の時点で草稿のようなものを書いていたが、尾崎自身も自分の仕事を「労働」として自覚していただろうが同時に生きるための音楽であったことから「音楽」は生業であり、必要なものであったろう。

「KISS」に関してはこんなメッセージを残している。

工場地帯は鉄を切り裂く金属音で溢れ、一日が始まる。路上の朝は一斉に吐き出されている排気ガスに彩られ、情報社会は一人一人にわずかな情報を記録する。

管理社会は誰一人にすらその行方を与えない。胸に抱えた幾つものためらいを一秒一秒の時間の隙間に隠している。
満員電車が揺れるたび、やるせない思いに叫び出したくなるのは何故だろう。化粧品の臭いにむせかえる車内。頭がおかしくなりそうだ。

敗北と勝利。規則と期限。朝の歩調の一歩一歩はタイムカードを押すようだ。言葉を用意して勇気を出し、陽気さを装い、切り札を胸に隠してはいるが裏も表もありはしない。
記念品のように積まれた役たたずの書類。五分おきには紙切れの上に新しい仕事がすぐに生まれ、一分後にはゴミ屑になっている。

鞄の中には主張と折り合いが包まれている。カーソールを動かしてハード画面に似顔絵でも描いてみようか。煙草の煙にまみれ耳障りな会話が続く。
不倫の彼女のために偽名の口座を作ったが、終いにはお互いがお互いを食い尽くしてノイローゼになる。

何かが狂っている。どこにも加えてほしくない。一人になりたい。認めてもらいたいのさ。それが全てなのさ。
ヘッドライトに目を奪われ、放浪者のように家路を辿るんだ。アルコールを飲み喋り続けていると、いつの間にか自己嫌悪に陥るぜ。
背広なんてただの作業着さ。励ましておくれ。明日への希望を・・・・・・・。
今日も働いたぜ。さぁ、キスしておくれ。