1985年1月23日群馬県民会館
このライブは客席と尾崎が近くスタッフも大変だったようだ。
初期ツアーはそんな良いところがあったと思う。
余談であるがこのツアーはもといマザー時代の尾崎のチケットはほとんどが2500円から3000円であった。
やはりファンの対象が学生であり学生でも見に行ける値段であったいうことであろう。
以前鴇田さんの話にもあったように尾崎は十代で短期、長期問わず4回のコンサートツアーを遂行し80回近いライブを行っていたがコンサートで儲けるつもりはなかったようであるし、テレビへの露出が少ない尾崎はインターネットのない時代にファンへの露出はラジオとライブのみであった。
ライブはファンとのコミュニケーションと言ったものであったろう。
若者の間で神格化されようと自分の街に尾崎がきてくれるのなら見にいかない手はなかったであろう。
もちろんすべてが興行的に成功したわけではないだろうが数少ないファンと接触する機械というものがコンサートツアーであったのであろう。