matagorou’s blog 尾崎豊 自由に生きられるかそして感動を得られるか

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軌跡とそのことを書き始めて

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少し書いてみたが尾崎の少年時代というものにはどうも孤独というも要素が多いようにも思う。
筆者は仕方なくというよりも訪れるべくして訪れた母親との離別、これが尾崎の後々の創作活動に及ぼした「孤独」というものに強く影響力を与えたようにも思うが、筆者は尾崎がなぜ十代で作品を3枚も送り出したこと、そしてその1枚目は十七歳の時に制作した下敷きとなったものはそれより前に作られていたものもある。
 
そこへ辿りつく過程をこのカテゴリで筆者は追っていきたいと何度か書いてきているが、このことは本当は最初に始めるべきであったと今になって思う。
 
筆者は恥ずかしながら18歳になってから尾崎への思いというものが以前より増し、以前から尾崎のことに興味があり、調べ知識を増やし少なくともこのブログを始めた頃から何度か語り尽くしてきてしまっているのではないだろうかそんな疑問と不安を感じていたが、もう1度原点ともいうべき彼の作品を聞いたとき、その思いを素直に書き起こしてみたものが「十七歳の地図」という記事になった。
 
このアルバムについては何度か書いてきているが、何度も書くことによって思いは以前により増して重複することがあっても、少しずつ自分の求めているものに近づいているのではないだろうか?そんな思いがする。
 
あの最初の記事を書いてから、もっと尾崎のことをそんな風に昔の気持ちに戻って書き進めていくことになった。
今となっては筆者の尾崎論ともいうべきものになっているが、思えば尾崎について書かれた伝記というものが20年経っても書かれていない。
 
筆者がそんな伝記というものを書こうとする気持ちは勿論毛頭ないがw
何より故人となっているのだから、資料ともいうべきものを編纂して「尾崎豊のすべて」ともいうべき内容の本を出してほしいのだが、どうもそんな動きをしているのは運営ではなくファンであるかもしれないとは思うのが最近の筆者の思いでもある。