ツアーが終わり前年から制作が続いていた2枚目のアルバムのミックスダウンが終ったのがこの時期であり尾崎はツアー終了の休養ということで1ヶ月の渡米の準備を行っていた。
この「回帰線」の制作は前年の7月から始まっておりツアー終了の後に最終段階を迎え完成した。
尾崎を注目させたのがシングルの「卒業」であったがこのアルバムは一躍尾崎を絶頂期に押し上げることに起因するのだがおかしくもこんな会話が尾崎と須藤氏との間にある。
須藤「今度のアルバムはどれくらい売れてほしい?」
尾崎「前よりは少し多めに売れて欲しいですね」
10曲のレコーディングが終わりミックスダウンを終えた際にディレクターの須藤晃氏と尾崎はこんな会話をしたというが既に発売日決定から10万枚の予約がされており最終的には尾崎の名をシングル「卒業」からさらに飛躍させて有名にするのだがその頃尾崎はNYにいた。
その事はまた次に書きたいと思う。