1987年 3月16日
尾崎と撮影を終えたスタッフ一行は日本へ帰るために飛行機に乗り込んでいた。
その帰りの飛行機から田島氏はアラスカの蛇行する氷河の写真を撮った。
この蛇行する氷河がデザインされ後に尾崎が夏から始めるコンサートツアーTREES LINING A STREET
のツアーパンフレットの表紙となる。
田島氏曰くこの一見何か分からない、あまりいいイメージとはいえないような写真がその頃の尾崎に感じた正直な気持ちであったと述べている。
余談ながら尾崎は十代で4回のコンサートツアーを行った。
そのことは以前十代編で触れているが、ライブハウスからホールへと初めてステップアップした84年のコンサートツアーから尾崎のツアーパンフレットというものが初めて作られた。
十代の活動期のツアーパンフレットの表紙には全て同じデザインのフォームが使われた。
アルバム「十七歳の地図」に用いられている壁を飛び越えるシルエットである。
田島氏曰く、3冊目あたりでは変えたいという気持ちが強かったようであるが、後に身かしてみるとこのやり方がよかったと思い返している。
そして通算5回目、4冊目となるツアーパンフレットの表紙に選ばれたのがアラスカの蛇行する氷河であった。
そこには尾崎のシルエットもない、OZAKIという文字もなくただツアータイトルが刻まれたシンプルなものなるがそれはまた後の話でもある。
当の尾崎は機内座席で眠りこけている。